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インチャイ☆サプリ (innerchild/supplement)

「小手伸也のよくわかる古事記<第4回>」開催決定!! 2012年4月6日(金)・7日(土)   @キッド・アイラック・アート・ホール

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疑問にお答え!その2

質問頂きました!
「akima」さん、有難うございます!
二つ質問を頂きましたが、今日はその内の一つを早速見ていきましょう~

東洋、特に日本には月を愛でる感性・文化が古くから存在していたと僕は考えていますが、古事記ではイザナギが生んだ三神の中でツクヨミの記述が極端に少ない。古事記を編纂した集団の政治的、あるいは文化・信仰的な背景を考えればもっともらしい推測を立てられますが、小手さん個人はツクヨミの記述の少なさに関してどのように感じられますか?
あるいは、アマテラスとの対比として登場させただけなので記述が少なくて当然とお考えですか?


…エラく高度な疑問ですね。
では、「あくまで個人の見解」としてお答えしますっ!

おおよそ「akima」さんが感じられている通り、政治的な意味合いが強いのではと私も考えます。
「ツクヨミ」は「月読(つきよみ)」で、これはそのまま「暦」を意味します。
古代において「暦」が重要視される理由は一つ、それは「農業」です。
よって「ツクヨミ」は暦の神であり農耕神だと考えられています。

ただ「ツクヨミ」は、その働きこそ重要であれ、太陽神にして最高神の「アマテラス」とは、まさに昼夜の関係。
「アマテラス」を頂点に思想を統一したい朝廷にとっては、余り出しゃばってもらいたくはなかったのでしょう。
高めの地位と「暦」という生活習慣を流布することで、出番自体は控えてもらったと考えるのが自然です。
また、「古事記」には星の神様の記述自体も少ないことから、何らか夜の描写を避けているフシがあります。
これも太陽=昼重視、昼があるから夜がある→表裏一体→だったら昼重視で良くネ?ってゆーか夜って恐くネ?ってゆーか夜は寝るってことで良くネ?なんて思ったんじゃないのか…って妄想は乱暴でしょうかね?

古代人が「夜」をどう捉えていたのか?というテーマはinnerchild vol.17『星合(ほしあい)』でも触れましたが、また長くなってしまうので、それはまた別の機会にさせて頂いて…。

ちなみに「日本書紀」の方の記述では、「ツクヨミ」は明確な悪者として表舞台から退場させられています。
日神(アマテラス)と月神(ツクヨミ)は、それこそペアとして、それぞれ"見目麗しく"誕生しましたが、「ツクヨミ」は食物神である「保食神(うけもちのかみ)」が口から出した捧げモノ(食事)を"汚い!そして無礼!"と言ってコイツを切り殺してしまいます。それに対して「アマテラス」がキレて"お前最悪!もう顔も見たくない!"と言ったことから日と月は昼と夜に分かれた…となっています。(一書第11)

あと、河合隼雄先生によると、日本は二極化を避けて三点でバランスを取り、しかも真ん中が空気になる、という構造的な特徴があるそうです。「アマテラス」の対極として強いパーソナリティを得たのは「スサノオ」です。実際「古事記」において「保食神」と同様の神「オオゲツヒメ」を切り殺したのは「スサノオ」になっています。

以上のことからも、やはり「アマテラス」ありきの図式によって「ツクヨミ」が空気にされた、と考えていいんじゃないかなと思うんです。
が、どうでしょうか?質問の答えになってますでしょうか?

なんかボンヤリですみませんm(_ _)m

innerchild小手伸也


※引き続き、「小手伸也のよくわかる古事記」では、皆様からの素朴な疑問を大募集中です。
 でも、僕が答えられるのはこんなレベルです!(もっと簡単な質問でもいいんですよ!)
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